延岡偉人伝

延岡の偉人達

延岡には、日本に、そして世界を舞台に活躍した先賢達が数多くいらっしゃいます。 江戸時代、水不足に苦しむ農民達を救おうと 一命を賭して「岩熊井堰」の工事を行い 志半ばにして無念の死を遂げた藤江監物

そして監物の意志を継ぎ工期10年という難工事の末 「岩熊井堰」を完成させた江尻喜多右衛門。 青春時代を延岡で過ごしその後の文学活動に大きな影響を受けた若山牧水。 延岡で生まれ育ち 日本初の民間航空路線を開設するなど 日本航空産業の草分けとも言える鳥人後藤勇吉

若山 牧水

若山牧水詳細

若山牧水写真「旅の歌人」と称された、余りにも有名な歌人。 宮崎県東郷町に生まれ、思春期の多感な時期を延岡で過ごしたことは、その後の歌人としての人生に大きく影響している。

後藤 勇吉

後藤勇吉詳細

後藤勇吉写真延岡市に生まれ、幼い頃から大空へ羽ばたくことを夢見ていた少年は、やがて日本初の民間航空路線を就航させるなど、日本の航空産業の発展に大きく貢献した。


藤江 監物

藤江監物詳細

藤江監物写真江戸時代、水の便が悪く、不作に苦しんでいた農民達の窮状を何とか救おうと、郡奉行 江尻喜多右衛門に命じ、岩熊に井堰を作り水を引こうとした。 軍資金流用の疑いを掛けられ、志半ばにして獄中にて死亡。

江尻 喜多右衛門

江尻喜多右衛門詳細

江尻喜多右衛門写真家老 藤江監物の命を受け、岩熊井堰の工事を担当。 途中、藤江監物が獄中にて死亡するなどの苦難を乗り越え、11年もの歳月を経て岩熊井堰を完成させた。


野口遵


藤江監物写真野口遵は、大正12年にカザレー式アンモニア合成法を導入し、わが国で初めてアンモニアの工業化に成功しました。五ヶ瀬川の水力発電を利用し延岡の地に旭化成の前身会社である日本窒素肥料を設立しました。


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