53年前の昭和39年(1964)、東京オリンピック開催に先立ち、聖火が全国を巡った。その一つが9月9日、宮崎空港に到着した。翌10日朝、平和台を出発。高校生らがリレーしながら国道10号を北上。高鍋、都濃、日向市街を抜け、同日夕方、延岡市役所玄関庇(ひさし)上の聖火台に点火された。延岡で1泊した聖火は翌朝、再び国道10号を北上し、大分県に引き継がれた。1カ月後の10月10日、オリンピックが開会した。

役所機能を集約した「市民が安心して集う、まちづくりの拠点」としての庁舎が完成。一般開放されたレストランや市民スペースなども充実

平成28年10月新庁舎完成

近代化、高層化の進んだ現在。今山大師、市役所庁舎など、昭和27年頃にな無かった建築物が立ち並ぶ。

写真の左側を「く」の字型に通るのは大瀬町通り。その右側の大半は戦災で消失した。ようやく復興してきた頃の様子で、左下の2階建ては県立延岡病院。その少し上は永池旭アパート。大瀬橋は河川改修前の姿。

戦後、延岡の商店街は活況を呈した。戦災を免れた山下通りには、昭和31年(1956)全面高天アーケードが完成。商店街の名称も「山下新天街」に改められた。平成19年に現在の姿に改修された。

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